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このコーナーでは、環境学研究科の教員や修了生がそれぞれの関心や出来事について広く語りかけます。

SDGsとヒマラヤ氷河調査

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地球環境科学専攻 大気水圏系
藤田 耕史 教授
本教員のプロフィール

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2023年秋、久しぶりに二か月オーバーという長い期間、ネパールヒマラヤの三地域にて氷河調査を実施しました。得られた氷河の変化は研究として実に手堅く、温暖化問題としてもわかりやすい結果ですが、ここには少し別のことを書きます。
2016年から毎年調査をおこなっているロールワリン地域は、氷河にたどり着くまでにトレッキングを一週間、氷河上を移動しながら二週間から三週間かけて観測します。氷河上にはロッジなどの宿泊施設は存在しないため、この間の食料や燃料はすべて持っていく必要があります。当然、自分たちだけで運べるはずもなく、最終の村までは30人くらいのポーターを雇用します。氷河上を大人数がうろうろするのは危ないのと、人が増えると食料も燃料も増えてしまうので、氷河上では10人のポーターが日々キャンプサイトを往復して荷物を運んでくれます。ここ数年高止まりしているドルとネパールの物価高で研究予算を圧迫しているとはいえ、ポーターと彼らを指揮するシェルパたちの日給は非常に安く、私たちの調査活動は日本とネパールの大きな経済格差の上に成り立っています。
ここでSDGsの「17の目標」を改めて見直すと、「1. 貧困の解消」や「10. 人や国の不平等の解消」が掲げられています。私たちの現地調査はSDGsが「解消すべき課題である格差」が存在していることで実施できているという矛盾を抱えているわけです。
SDGsが達成された場合、ヒマラヤでの調査経費は10倍以上に膨れ上がることになり、どのような状況になるのか想像もつきません。一方で、明るい兆しもあります。コロナ禍の制限の反動か、ここ数年、コロナ禍前は皆無であったネパール人トレッカーが急増しています。これはこれで、オーバーツーリズムによる山岳域の環境への悪影響が心配されるのですが、自国の山岳環境に興味を持つ人が増えることで、私たちが日本からわざわざ調査に行かずとも、ネパール人自身が主体的に観測をする時代がやってくるのではないかと思いました。実際、ロールワリン地域での調査前に、ネパールの研究組織が主催する氷河観測チームに参加させてもらったのですが、海外からの資金援助による活動とはいえ、ネパールの若者たちが主体的に観測をしている様子は実に心強いものでした。
そんなモヤモヤと希望を感じつつも、刺すような寒気の中、夕闇迫る山稜を眺めていると、「またこれを眺めるために戻ってこなきゃ」と思うのです。
(ふじた こうじ)

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