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このコーナーでは、環境学研究科の教員や修了生がそれぞれの関心や出来事について広く語りかけます。

田畑の呼び名の名付け方

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社会環境学専攻 地理学講座
今里 悟之 教授
本教員のプロフィール

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人文地理学の課題の一つは、世界各地における人間と環境との関わり方を解明することです。農山漁村に暮らす人々は、地域の生業の内容に応じて、自然環境にさまざまに手を加えて利用してきました。日本各地の田畑には、畦で囲まれた一枚ごとに呼び名が付けられており、この名付け方に注目することで、人間が周りの生活環境をどのように捉えてきたのか、その手がかりを得ることができます。
このような田畑の呼び名は、日常的にそこを耕作している家族などの間で使用されてきた、人々自身やその先祖が名付けた微細な地名であり、その土地の方言が反映されています。圃場整備で農地の区画が統廃合されたり、水田がビニールハウスになるなど利用方法が変化したりすると、呼び名が大きく変わることもあります。
この写真の水田は、長崎県平戸島の、ある小さな集落に広がる急峻な棚田です。この棚田を30枚ほど耕作してきたある古老は、固有名詞としてのそれぞれの呼び名を、私に一つ一つ教えて下さいました。例えば、あるひとまとまりの田の中では最も面積の大きい「大畝町おおぜまち」、一般に細長い水田が多い棚田の中でも特に細長い「長畝町ながぜまち」、海岸近くにあって苗代に利用されてきた「浜の苗代田はまののしろだ」、以前の所有者の愛称(つねさん)を冠した「常田つねだ」、竹林のすぐ斜め下にある「竹山の下たけやまんした」などです。この地域で「畝町せまち」とは、一枚ごとの水田を指す普通名詞としても用いられています。
以上はわずかな紹介に過ぎませんが、人間や動物に対する愛称と同様に、農地に関わる人々がその特徴を端的に捉えたものです。一枚の田畑が持つ多くの属性や周囲の環境のうち、最も覚えやすく使いやすい要素がクローズアップされ、それが呼び名に反映されていると考えられます。この実例を、他の集落や異なる地域のものと比較すると、おおむね共通する名付け方がある一方で、家ごとに語彙の傾向が異なることもわかってきました。今後の課題の一つとして、認知言語学などの成果も参照しながら、人間一般に共通し得る抽象度の高い少数の命名原理を、的確に見出すことが必要であると考えています。
(いまざと さとし)

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