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このコーナーでは、環境学研究科の教員や修了生がそれぞれの関心や出来事について広く語りかけます。

「からだ」から考える場所

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社会環境学専攻 地理学講座
久島 桃代 助教
本教員のプロフィール

昨年(2021年)99歳で亡くなった作家の瀬戸内寂聴氏に、『場所』という作品があります。晩年80歳になった著者が思い出の土地をめぐり、出会った人々や風景を綴ったものです。眼前の風景に〈過去〉を幻視する著者のまなざしに、読者の私は自分が今立ち会っているのは〈過去〉の風景なのか〈現在〉の風景なのか、自分の時間感覚がしばしば混乱するのを感じました。もしかしたらそれは、どちらの時間でもあり、どちらの時間でもないような、一種の「神話的時間」と呼べるものかもしれません。ただ、時間の感覚には混乱があったものの、「南山」「名古屋駅」「三鷹下連雀」「目白関口台町」…作品に登場する場所は、それぞれ非常に明確な個性を持った場所として、他と間違えようのない固有の像を持っていました。この作品は、記憶や感情といった人間の生と不可分となった時に発揮する、場所のある種の力のようなものを教えてくれている気がします。
私が専門としている人文地理学は、以上のような場所の側面、すなわち人間や社会との関係性に着目して場所の特殊性を理解しようとする学問です。私はその中で、人間にとって最も身近な空間である「からだ」に着目して、そこからみえてくる場所の姿について考えてきました。具体的には、障がいを持った人たちにとって居場所と感じられるのはどのような場所なのか、そう感じられないとすればそれはなぜなのか、あるいは、五感をフルに働かせながら場所の暮らしや文化に触れることは、農山村女性移住者にとっての場所の意味をいかに構成するのかといった問題です。最も身近な空間であるからこそ、“「からだ」から考える”ということを普段私たちは忘れがちかもしれません。しかし、生殖技術の進歩が新たな倫理的難題を生み出しているように、私たちとからだの関係はますます複雑なものになっています。変わり続ける私たちとからだとの関係を注視しながら、引き続き場所について考えていきたいと思います。
(くしま ももよ)

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