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このコーナーでは、環境学研究科の教員や修了生がそれぞれの関心や出来事について広く語りかけます。

アフォード(afford)する環境

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社会環境学専攻 心理学講座
川口 潤 教授
 (認知心理学)
本教員のプロフィール

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私は心理学,特に人間の記憶について研究を行っています。ここではいわゆるハードとしての環境ではなくシステムとしての環境,心理的環境について考えてみたいと思います。
特別研究期間としてイギリスのケンブリッジ大学に滞在した時のことです。すでにご存じの方も多いかと思いますが,ケンブリッジ大学は31のカレッジから成り立っています。学生はまずカレッジに所属し,寝食をともにしながら各研究室に出かけていくことになります。私が所属したカレッジでは,学生の専門分野は発展途上国問題から北米文学,コンピュータサイエンス,理論物理学と多岐にわたっていました。
このような多様な人が属しているカレッジの重点はコミュニケーションです。とはいえ「コミュニケーションを取りましょう」と声をかけても人が集まるわけはなく,きっかけとして重要なものが食事です。カレッジではフルコースの食事をするフォーマルディナーがありますが,それ以外の日もよく一緒に食事を取ります。この食事の際の重要なルールは,空席を作らず必ず席を詰めて座るということです。つまり,分野,国籍,人種がまったく異なる人たちが「会話をする」という行為を促す環境として食事が存在しているのです。
心理学では,環境が人間を含む動物に対して何らかの意味を提供することをアフォーダンスと呼んでおり,それによって行為が誘発されることが知られています。ドアの引き手の形は「ドアを引く」という行為を誘発するのです。カレッジシステムにおいて「一緒に食事をする」という環境がコミュケーションを促すのは,まさしくこのアフォーダンスにあたります。これは自然に行為を誘発するという意味で「気づかない環境」(エリック・サティの「家具の音楽」のような)といえるかもしれません。さらにケンブリッジでは文化・芸術をアフォードする環境も多く存在し,教養が自然と得られるような教育システムを構成しています。
上記のような「気づかない環境」が人間に与える影響は大きく,重要な「環境問題」のひとつではないかと考えています。
(かわぐち じゅん)

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