環境学と私

このコーナーでは、環境学研究科の教員や修了生がそれぞれの関心や出来事について広く語りかけます。

Dr. Stone (ドクターストーン) と N(窒素)

地球環境科学専攻 物質循環科学講座
角皆 潤 教授
本教員のプロフィール


少年ジャンプに連載されていた漫画を原作とする科学アニメ「Dr. Stone (ドクターストーン) 」が地上波で放送されている。原作は「親が子供に読ませたい漫画」「子供が理科好きに育つ漫画」として話題になっていたので、私も見てみた。突然襲ってきた謎の光線で人類だけが「石」化してしまい、文明が滅亡して3700年後の地球が舞台となっている。ここで石化から偶然復活出来た科学好きの主人公が、石化前に蓄積していた知識をもとに科学技術を復活させ、石化した人々を復活させ、文明を再建していく。

この中で特に興味深いのは「硝酸」の入手が文明再建の鍵となっている点である。主人公は石化からの復活直後に、硝酸があらゆる点で重要であることに気づき、最優先でこれを自然界から入手し、あるいはのちに自ら合成して入手した。そしてこの硝酸を使って火薬を製造し、小麦を生産し、人類を石化から解放する。

今や「資源」と言えば化石燃料やレアメタルであり、硝酸が資源として顧みられる機会はほとんど無い。しかし今から150年ほど前の人類は、火薬や肥料の原料である硝酸の入手に血眼になっていた。天然の硝酸を産出するが故に隣国の侵略を受け、広大な領土を失った国もあった。Dr. Stoneの中でも硝酸を巡って武力衝突が起きており、近代文明における硝酸の重要性を思い出せてくれた。硝酸が「資源」として顧みられなくなったのは、人類が硝酸を容易に合成出来るようになったからである。豊富になった硝酸は自然界に流入し、その影響は広範囲に及んでいる。例えば人間活動の影響が及びにくい遠隔地の湖沼は、硝酸に代表される窒素化合物(以下では窒素と呼ぶ)が光合成を律速しているのに対して、人間活動の影響の大きい湖沼の多くはリン律速となっていることが知られている。これは人間活動が生み出した窒素が湖沼に流入し、生態系を変えていることを示している。また同時に、人類が合成する窒素量が過剰であることも示している。

人類が窒素を合成出来るのは、化石燃料が生み出す莫大なエネルギーのおかげである。つまり窒素の過剰生産とは、化石燃料の過剰使用と同義であり、窒素汚染と温暖化の両面で地球環境を破壊し、文明を崩壊させる危険性をはらんでいる。人類をDr. Stoneに描かれた石器時代に戻さぬよう、せめて窒素を適切なレベルで使用する社会の形成に貢献したいと考え、地球環境における窒素の動きを可視化する方法を日々模索している。

(つのがい うるむ)