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2000年4月、私は北海道大学理学部の教員に採用された。着任早々、地球科学科2年生対象の日帰りフィールドワーク1回分の引率を担当することになった。地図帳を開いて悩んだ挙げ句、小5の時に訪れたことのある登別温泉を行き先と定め、ここで学生に温泉ガスを分析させることにした。温泉ガスとは、地中では温泉水に溶解していたガス成分で、圧力が低下することで、ガスとして顕在化する。二酸化炭素、硫化水素が代表的な成分であり、「ガス検知管」という器具を使えば、現場で簡単に濃度が分析できる。分析項目は二酸化炭素や硫化水素の他に、酸素、一酸化炭素、そして水素ガス(H₂)など、ガス検知管で測定できるものは片端から学生に分析させた。すると担当学生が、水素ガスがオーバーレンジして測定できないと言ってきた。しょうがないので分析の感度を1 /10に下げてみたが、それでもダメだった。登別の温泉ガスは水素ガスに富んでおり、その濃度は一般的な温泉ガスの1000倍以上あった。そこから20年が経ち、水素ガスは二酸化炭素を出さない次世代のエネルギー資源として着目されているが、問題はこの水素ガスをどうやって入手するかである。化石燃料やそれを燃焼して得たエネルギーを使って入手する場合は、結局二酸化炭素を放出しており、水素ガスを経由する意義はほとんど無い。そんな時、登別の水素ガスを思い出した。大気中への放出量はどれくらいあるのだろうか?このテーマで民間研究助成に申し込んだところ採択していただけた。2022年にガス放出量計を自作し、登別温泉の中にある大湯沼という温泉湧出孔から放出される水素ガス量を測定した。その結果、毎日21 kgの水素ガスを放出していることが明らかになった。これはトヨタの水素燃料電池車約4台分に相当する。しかし高濃度化したメカニズムはわからなかった。「二酸化炭素を吸収する〇〇」など、冷静になれば脱炭素に貢献しないことが明らかな研究に人やお金が投入されるニュースに接すると、人類は本当に追い詰められ、焦りが顕在化してきたことを思い知らされる。しかし太陽も木星も水素ガスの集積体であり、地球も内部は還元的になっている。登別のように水素ガスが自然に生成したり、あるいは濃集したりするプロセスが機能していても不思議ではない。急がばまずは、自然に学んで欲しい。今回のテーマは地球・都市・社会3つの視点で「これから」を考えます。脱炭素社会の構築に向けて環境学の未来予測       08急がば自然に学べ大院理学研究科助教授を経て、2012年より環境学研究科教授。専門は同位体地球化学だが、研究対象に拘り無し。また観測至上主義で、当たり前のことでも確認しないと気が済まない。VOL.37角皆 潤 つのがい うるむ東工大院総合理工学研究科講師、北登別大湯沼における、放出量観測の様子地球環境科学専攻 大気水圏科学系物質循環科学 角皆 潤 教授

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