環境学の未来予測 脱炭素社会への転換には、経済や社会、生活のあらゆる領域にわたる構造的な変化が必要です。気候変動対策を妨げてきた社会的意思決定のあり方も見直し、人びとが納得できる、真に効果的な政策を生み出すことができる仕組みへと刷新する必要があります。そうしたガバナンスの未来像を指し示す試みとして注目されるのが、欧州の国や自治体で2019年頃から盛んに行われている「気候市民会議」です。社会の縮図を作るように一般から無作為に選ばれた数十人〜百数十人の参加者が、専門家からバランスの取れた情報提供を受けつつ、数週間から数か月にわたって熟議し、政策提言を取りまとめます。日本でも、私たちの研究グループが2020年に国内で初めて札幌市で試行したのが先例となり、現在までの約5年間で、各地の自治体が公式に主催するなどして、20以上の市や区、町に広がっています。国レベルでも気候市民会議が行われている欧州で、先がけとなったのはフランスです。当時フランスでは、燃料税の引き上げへの反発を契機として、マクロン政権の政策に抗議するデモが広がっていました。これを受けて、環境政策も市民の参加による本格的な議論を踏まえるべきだという観点から、政府が気候市民会議を主催するに至りました。全国から無作為に選出された150人の市民が、2019年秋〜20年夏の7回の週末、パリに集まって議論を重ね、149項目からなる提言書がまとまりました。それを受けて21年には、気候変動対策とレジリエンス強化に関する法律が制定されました。例えば、鉄道で2時間半以内で移動できる区間の航空機の国内線を禁止する規制も設けられました。この気候市民会議をめぐっては、株式配当への課税や高速道路の制限速度の引き下げなど、主要な提言の一部がマクロン大統領によって棄却されたこともあり、当初、提言は骨抜きにされたとの批判もありました。しかし、会議から5年が経った今年、興味深い調査結果が発表されました。独立の研究者らが追跡調査したところ、フランスの気候市民会議の提言のうち、20%はそのまま、または強化された形で実行され、他の51%も部分的にまたは変更を加えて実行されていました。つまり、提言の7割以上が実行に移されたという結果でした。会議から5年を経てのこの評価は、市民の参加や熟議の効果が、おそらく他の要因とも絡み合いつつ、時間をかけて浸透し、現れることを示しています。同時に、脱炭素社会への転換を進める際、長い時間軸で変化を見定めることが大切であると気づかせてくれます。専門は環境社会学、科学技術社会論。脱炭素社会への転換と、参加・熟議によるガバナンスの刷新が同時に起こる「気候民主主義」の可能性について、約20人の学際的研究グループを率いて現場での実践も交えながら研究している。社会環境学専攻 環境政策論講座 三上 直之 教授三上 直之気候市民会議の効果、5年後の評価10
元のページ ../index.html#10