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環未境来学の予測       大きな自然災害が起きると研究者は急に忙しくなり、行政機関や事業者は危機管理に追われます。1995年以降、その連続でした。続発した内陸地震、東日本大震災、原発事故、広域水害、地震予知体制の見直し、流域治水、緊急地震速報、気象警報や避難情報の見直しなど…。コロナ感染症もありました。この約30年間に災害の理解が進み、対策の方向性も少なくとも形式的には定まりつつあります。しかし実効性には課題があり、また、重大な災害が重なると、対策が互いに矛盾する事態も生じました。コロナ禍における地震対策はそのひとつでしょう。環境学研究科は「安心・安全学」と「持続性学」を2本柱にしてきました。2002年度には災害対策室を立ち上げ、地震火山・防災研究センターを改組し、①学内防災、②地域防災、③分野連携の学際研究を目指しました。2010年度には、後二者を担う減災連携研究センターを全学組織として発足させ、産学連携も強化しました。しかし現時点で、地域防災や分野連携は必ずしも成功していません。その理由は、日本社会の体質にもあるのかもしれません。防災は、科学の限界と、現状の社会構造の問題点を認識することから始まりますが、日本人は忖度を好み、分かっていても変えられません。私は、活断層の活動性評価や、強震動予測や、被害予測の難しさに直面していますが、社会は「予測はできる」「対策は有効」を前提にしたがり、私が通説に異を唱えたり、知識の限界を指摘すると疎んじられます。考えて見れば、こうしたやりとりの当事者は、我々理学・工学・人文社会科学の研究者であり、我々が侃々諤々の議論を尽くし、互いの信頼感の中で解決の糸口を見出すべきです。近年、ハザードマップが重視されるようになったことは、自然と共存する社会を目指す上で重要ですが、現状のマップは地理学的には大きな問題を抱えています。しかしハザードマップありきの対策強化が進むと、問題を指摘しづらくなります。他にもそれぞれの分野で、研究者だからこそ気づく問題点はあるはずです。沈黙は研究者倫理に反します。かつて活断層研究者が原発の問題に無関心だったことを、私は反省しています。研究者は、科学から社会までの全体を俯瞰して、自分の責任を果たす必要があります。それこそが「勇気ある知識人」であり、存在意義でしょう。自分ができなかったことも顧みず、それが実現できるようになる未来に夢を託します。鈴木 康弘専門は自然地理学・活断層研究。著書に『原発と活断層』(岩波書店)、『防災・減災につなげるハザードマップの活かし方』(岩波書店)、『ボスフォラスを越えて−激動のバルカン・トルコ地理紀行』(風媒社)など減災連携研究センター 鈴木 康弘 教授勇気ある自然災害研究をめざして

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