ッフの専門との折り合いの結果であり、どうしても必要なトピックだが適当な執筆者がいない場合にかぎり、外部に応援を求めることにした。編者名の決定も大いに頭を悩ませた。増澤敏行編は売れる見込みがないという理由でご本人が固辞したし、増澤・西澤・高橋編では私たちに何となく衒いと気恥ずかしさがあった。名古屋大環境研究会(名古屋と大との間にポーズが入る)というお笑いのような提案が出るに至って、袋小路に入ってしまったかに思えた。結局、誰が思い付いたのかは忘れてしまったが、最初の趣旨に立ち戻ることであっけなく解決した。原稿が揃うことについては、私自身は楽観視していた。新しい研究科ができて数年、執筆者のみんなが研究科からの発信を望んでいるに違いない、という確信が何となくあった。もちろん、執筆を依頼する人選には苦心したし、筆の速い人を念頭に置いたのも事実である。実際、数名の辞退者はいたものの、ほぼ全員の原稿が次の年の初めまでに出揃った。むしろ意外だったのは、提出された原稿の体裁、とくに注と文献の書き方が文系と理系との間のみならず、それぞれの中でもバラバラだったことであり、環境学の現状を表すかのように、いくつかについては最後まで統一しきれなかった。このようにして構想から脱稿までの1年あまりの間で、多いときで週1回のペースで会合が持たれ、三人で交わした電子メールは優に200通を超えた。増澤先生を失ったことは痛恨の極みだが、ここでは多くを語るまい。ともかくも、昨年の12月30日、『環境学研究ソースブック−伊勢湾流域圏の視点から』は世に出た。そんな意識は全くなかったが、図らずも、それは環境学研究科編による図書の第一号となった。原稿執筆や図表・資料作成にご協力をいただいた先生方、研究科長をはじめ、お世話になった多くの方々に、この場を借りてお礼を述べたい。また、数々の非礼に対しては、心よ『環境学研究ソースブック』ができるまで13
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