環境学研究科
Graduate School of Environmental Studies

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  環境学と私
このコーナーでは、環境学研究科の教員がそれぞれの関心や出来事について広く語りかけます。

 井戸掘り

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社会環境学専攻地理学講座教授
専任教授 溝口常俊
(地域環境史)
古屋を拠点に「水の環境学」を考えている。目指すは世界3大河川の比較地域史研究で、主役はガンジス川とライン川と木曽川である。名古屋西部には日本屈指の木曽三川デルタがあり、そこには江戸時代の絵図と史料が「高木家文書」として名古屋大学図書に所蔵されている。ドイツ、フライブルク大学ではライン川の洪水史記録が整理されている。この両者を歴史的に比較しつつ、その知恵を世界最大のデルタ地帯で洪水の常習地であるバングラデシュの洪水対策に活かせないか、という構想である。
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008年7月初旬に、この構想を1歩でも進めるためにBUET(バングラデシュ工科大学)他に協力要請を願いに出かけ、そのついでに、1985年以降数回訪れている洪水常習地の村まで足をのばした。
には、この春3月まで「魅力ある大学院教育イニシアティブ」プログラムで名古屋大学に特任教授として来ていただいたイスラム・カーン博士の農村開発NGO施設「グラム・バングラ」がある。「水があるのに、水がない」これをどうするかが積年の最優先課題であった。私が初めてバングラデシュを訪れた時、驚いた光景がある。バスで同行した現地の女の子が、停車時に下車し、池の水をすくい歯磨きをし出したのである。そして1987年の大洪水。死者数1,000人余。死因のトップは洪水アタックではない。洪水が収まりかけたころに、赤痢、チフス、コレラなどの消化器系疾患でバタバタと亡くなっていったのである。ピーク時から生活必需品のチリ(とうがらし)、塩、米などの値段が急騰していった。貧しい人は購入できなくなり、体が弱ったところで水を口にした子どもたちが犠牲になった。
こで、グラム・バングラは十数年前から井戸(チューブウエル)を貧しい人々に提供することをはじめた。ヒ素汚染の心配もなく、幼児死亡率が激減するといった成果が目に見えてあらわれつつある。私は今回、カーンさんの講演に感動した静岡県のYSH高校生有志が井戸用にと集めた浄財5万円を寄贈する役も兼ねていた。これで2つの井戸ができる。この村はカジラッパラ、450戸。グラミンバンクでお金を借り、返せないで困っている人もいる。海外への出稼ぎで家庭崩壊寸前の家もある。そんな中で、バリ(屋敷地)の女性は糸車をまわし、穀物を乾し、周りの池や水田から小魚をすくい、牛の世話をし、生き生きと働いている。
大河川の世界比較もいいが、その一方で小さな村の小さな営みを住民の目線でフィールドワークし続けねばならないと思っている。現時点では、洪水文化、教えることよりも教えられることの方が多い。
(みぞぐちつねとし)
 
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高校生の募金でできたチューブウエル