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「やせ我慢」の記録
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「やせ我慢」の記録
辻本 誠

 夫妻ともに車の免許を持たず、冷暖房も切りつめて、名古屋で3人の子供を育てた変人ぶり(環境学のテーマに個人的に対応していること)を買われて、執筆が回って来たようで、ご同慶の至り?である。
 テーマ自由ということなので、まず、リスク屋兼環境屋として自家用車を爼上に上げよう。
 自家用車を運転する人に対しては、約2キロの通勤路(何ヶ所かで運転者にとっては近道になっている)を歩きながら、その傍若無人の運転ぶりに毎朝、怒りを覚えている。1トンを超える車を運転することは、鋭利な刃物を振り回して走っているのと同じことだが、運転者は多分、それを自覚していないだろう。
 先日、フォーブスという雑誌で社主が、環境への配慮で、燃費向上のために車が軽くなることで、衝突時の死亡率が上がり、交通事故死が増えることを憂えていたが、死者の30%を占める歩行者のことに思いは及んでいない。このような意見は、歩車分離が実現され、歩行者と運転者の間の不公平が解消された後の話だろう。スピードの出し過ぎによる自爆死と、都市の脇道で凶器の車に引っかけられる死が、交通事故死としてひとつの統計にまとめられて語られるうちは、この問題は解決しない。    
 次は冷暖房の話である。人生は一度きりで実体験でしか話ができないのが残念だが、子供が生まれて火傷を心配してストーブを止め、クーラーは最初から嫌いだったので、扇風機で対応することとした。ご想像のとおり外気風が止まった夏の夜は地獄で、2日ほど眠りにつけない日もあるが、こんな日は寝ないで「アッチー」とつぶやきながら、本を読んで楽しむことにしたらそれほど苦痛でもなくなった。適応が難しいのは大学で、自分の部屋では半ズボンにTシャツプラス扇風機で過せるが、逆に冷房の効いた部屋での会議への切り替えがうまく行かずに体調を崩すことが多い。これもふと気づいて、冷房された空間にいるときは、努めてそのことを自分に言い聞かせるようにしたら、不思議なことに体調を崩すことは少なくなった。
 さて、このやせ我慢を科学の立場で説明することも必要だろう。
 温冷感に関する著名な実験結果を見ると「暑すぎて不快という人が15%の環境で、寒くはないが出来ればもう少し暖かい方が良いという人も15%いる」。すなわち、温冷感のような個人差の大きい世界では、全員の満足を得ることは最初からあきらめた方が良い。なのに、現実は多分、クーラーという近代的な?器械を使うことが高級なこと?として受けとられていて、また「せっかくクーラーがあるのに」の声に押されて、上述の「暑すぎて不快という人」の意見に迎合した室温になってしまう。
 ヒトは幅広い温熱環境に適応できるよう進化したのだから、「体温調整機能をフルに生かして生活しよう」といくら呼びかけても反応は小さかろう。(逆に上述の例で、少々寒くても、体温調整機能でがんばればいいじゃないか、と言われそう)結局はやせ我慢にならざるを得ないが、家族全員の内科医療費がゼロで済んだことは、次の一手を考える時の参考にはなろう。

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