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黄砂の源を訪ねて−その1
甲斐憲次(地球環境科学専攻)

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1.はしがき
 中国の西域には、タクラマカン砂漠やゴビ砂漠などの大砂漠があり、その中にオアシスが点在する。古くは、オアシスをつなぐシルクロードを経由して、東西の交流が行われた。私が「西域」に興味をもちはじめたのは、30年以上前にさかのぼる。高校時代の夏休み、課題図書として『天平の甍』(井上靖)を読んだのが切っ掛けだった。遣唐使として、当時の世界の中心地である唐の長安(現・西安)に派遣された若い僧侶が苦労の末、貴重な仏典を日本に持ち帰るというストーリーである。読後、大きな感銘を受け、井上靖の西域もの『敦煌』、『楼蘭』、『蒼き狼』などを読んだ。そうして、私の西域に対するイメージが形作られた。
 その後、自然科学(気象学)の職を得て、2度にわたって西域の調査に行くことになった。第1回目の調査は、天安門事件の直後の1991年冬である。当時、中国は開放政策を取り始めたが、10数億の民の生活は決して豊かではなかった。そして2回目は、2001年秋である。この10年間で中国と日本を取り巻く環境が大きく変わった。ここでは、現地調査を交えながら、中国現地の様子を紹介したい。

2.第1回目の訪中−天安門事件の直後−
 中国西域では、気候変動と人間活動による砂漠化が深刻な環境問題となりつつあった。1989年度から、日本の科学技術庁と中国科学院による科学技術振興調整費「砂漠化機構の解明に関する国際共同研究」が開始された。当時、筑波大学地球科学系に在職していた私は、この研究の中で、砂漠化に関する気候学的調査を担当した。
 1990年、天安門事件で一時中断していたプロジェクトが再開された。1991年2月、タクラマカン沙漠への現地調査が計画され、気象研究所、筑波大学、中国科学院、アメリカ大使館、アメリカ科学アカデミー北京事務所のスタッフを中心に合同調査隊が編成された。現地では、中国科学院の新彊生物土壌砂漠研究所のスタッフが加わる。私がこの調査に参加したのは、砂漠化という現象に対する学問的興味のほかに、西域にぜひ行って現地の様子を自分の眼で見てみたいという、学生時代の憧れがあったからにほかならない。
 私は地図帳を開いて、タクラマカン砂漠の位置を調べた。北を天山山脈、南を崑崙山脈に囲まれたタリム盆地の中に、広大なタクラマカン砂漠がある。タリム盆地の東端に楼蘭・敦煌、西端にはカシュガルがある。地図帳では茶色に塗られて、人は住めそうもないという印象を受ける。面積は日本がすっぽり入る大きさである。行政的には新彊ウィグル自治区にあり、首都は天山山脈北側のウルムチ市である。私は調査計画を立てるとき、現地の様子をフィールドノートに記録し、写真に撮ることが大切と考えた。1眼レフのカメラと予備のコンパクトカメラ、そして30巻のフィルムをスーツケースの中に入れた。


図1 アジアの地図(二宮書店、高等地図帳より)

3.フォトグラフィー
 調査中のフィールドノートより、印象に残った写真を紹介したい。


写真1: 天安門広場前

 2月17日13時50分、成田から北京空港に到着。中国科学院と国家海洋局のスタッフによる出迎えがあった。旧正月のせいか、人通りが少ない。タクシーや車、そしていつもなら道路にあふれる自転車もかなり少ない。広大な天安門広場は閑散としていた(写真1)。1989年6月、この場所で天安門事件が起きた。戒厳令は1990年1月まで続いた。その後、中国政府は開放政策を進めた。


写真2:天山山脈とタクラマカン砂漠

 2月19日22時40分、ウルムチ空港に到着。飛行場の気温は−27℃で、雪がうっすらと積もっていた。息をすると、胸が痛くなるほど寒い。石炭の臭いがする。23時30分、新彊招待所食堂で歓迎会が催される。かなり遅い気もするが、北京とウルムチの時差が約2時間あるので、この時刻はウィグル時の夜9時30分である。アメリカ大使館のアンドレー・オナート科学技術顧問, アメリカ科学アカデミー北京事務所のジョン・オルソン氏も参加する。
 2月20日9時15分、ホータン行のプロペラ機CA9911に搭乗。アクス・ホータン行の表示は中国語とウィグル語が併記されている。プロペラ機は飛行高度が低く、天山山脈が間近に見える。山肌は険しく、雪が多い。9時45分、天山山脈の向こうにタクラマカン砂漠が姿をあらわした(写真2の左手)。


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