環境学研究科
Graduate School of Environmental Studies

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  環境学と私
このコーナーでは、環境学研究科の教員がそれぞれの関心や出来事について広く語りかけます。

 Demythifying

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社会環境学専攻 心理学講座
鈴木 敦命 講師
(実験心理学)
が国で現在進行中の急激な社会環境の変化として高齢化が挙げられます。日本はすでに高齢社会ですが,これから数十年の間に人口構成の高齢化はさらに進み,「超」高齢社会を迎えると予測されています。
は2年間ほどアメリカのイリノイ大学に滞在していましたが,当時お世話になった研究室の大学院生が興味深い研究をしていました。世の中にはよく聞くけれども実は誤りであるという俗信が多く出回っています。そうした俗信を正すため,「世間では○○といわれているけれども,実は○○ではありません。」という情報伝達がしばしばおこなわれます。英語ではdemythifyingというのだそうです。その大学院生はdemythifyingの有効性を検証するため,肯定文と否定文の記憶を調べる心理学実験をおこないました。そして,高齢者は“Exercising joints that are inflamed from arthritis is not harmful.”などの否定文を“Exercising joints that are inflamed from arthritis is harmful.”などの肯定文として記憶に残しやすいことを示唆する結果を得ていました。仮定されている心理学的メカニズムを単純化して説明すると,メッセージの否定は単体として記憶されるのではなく,中心的な情報としてのメッセージに対する周辺的な情報として否定が記憶されるとしています。一般に加齢とともに記憶は低下しますが,その影響は中心的情報よりも周辺的情報において顕著であるために否定の部分だけが抜け落ちてしまい,否定文が肯定文として記憶に残ってしまうのだろうということでした。つまり,demythifyingは高齢者に対してはむしろ逆効果をもつかもしれないわけです(Wilson & Park, 2008, Patient Education and Counseling 72: 330-335)。
わゆる「エコ」としての環境問題を解決する上では,研究で得られた情報を一般の人たちに正しく伝達して協力を要請することが必要です。しかし,人間の心にはいろいろな「クセ」があり,情報伝達の有効なやり方は自明ではありません。とくに高齢社会では,その主役である高齢者の心の特性を考慮に入れないことにはさまざまなミスコミュニケーションが生じ得ます。環境学における実験心理学者の間接的だけれども重要な役割はまさにここにあります。
(すずき あつのぶ)
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