環境学研究科
Graduate School of Environmental Studies

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  環境学と私
このコーナーでは、環境学研究科の教員がそれぞれの関心や出来事について広く語りかけます。

 線香と東南アジアの森林

顔写真
社会環境学専攻 地理学講座
横山 智 准教授
(地理学・文化生態学)
写真
写真1.植林されたタブノキ樹皮の採取方法を
教える仲買人と指導を受ける住民
この原稿をラオスで書いています。ラオスには、タブノキという木とそれを採取する住民を調査するために来ています。
ブノキは、クスノキ科の常緑広葉樹で、日本を含め、東・東南アジアの照葉樹林帯に広く見られます。その葉と樹皮は、粘性が強く、燃やしても香りがありません。この特徴を活かし、それを粉にした「タブ粉」が線香(匂い線香や蚊取り線香)の粘結剤として古くから利用されています。1960年代まで、九州では大量のタブノキが里山で採集され、それを水車で製粉していました。しかし、山村の生業構造の変化と高齢化の進展によって、タブノキを採集する人が激減しました。そして1970年代から、東・東南アジアよりタブ粉が輸入されるようになりました。現在、九州で残っているタブ粉製粉場は2軒しかありません。貿易統計では、毎年4〜5千トンもタブ粉が輸入されています。現在使われている線香の約半分は輸入品なので、海外で使われているタブ粉を加えれば、日本で消費される東・東南アジア産のタブ粉は相当な量になります。
う書くと、「お線香を焚くと東南アジアの森林を燃やしている」と思われるかもしれません。しかし、これを単純に森林減少という環境問題と結びつけるのは早急すぎます。今回のラオスでのフィールドワークでは、住民が林産物仲買人の指導を受けながら、水田脇などの使われていないわずかな土地にタブノキを植林して、樹皮の1/3だけを採取して木を枯らさないように工夫し、持続的に樹皮を採取していることが分かりました(写真1)。それは、住民の現金収入源としても大きく貢献しています。ただし、昔は持続的に樹皮を採取する方法を知らなかったので、自生していたタブノキは伐採してしまい残っていないということです。
続的なタブノキ樹皮の採取、そして環境を破壊しない植林の方法の確立が必要です。そして、タブノキのような木本樹皮に代わる粘性のある草本類の利用も考えなければなりません。この調査は、日本の線香製造企業とも協力しながら進めています。単に森林減少を引き起こしているから、海外でのタブノキ樹皮採取は中止すべきだという考えでは、日本から線香が消えてしまいます。現地の人々の収入源としても機能しながら、森を維持し、そして日本の伝統的な線香を守ることを目指します。そもそも、日本の里山利用の減少が原因で、国産タブノキでのタブ粉生産ができなくなり、東南アジアからタブ粉を輸入するようになったので、日本の里山利用を考え直すことも必要かもしれません。線香という意外なモノから、環境問題の複雑さが見えてきます。
(よこやま さとし)
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