環境学研究科
Graduate School of Environmental Studies

Home > 環境学と私

  環境学と私
このコーナーでは、環境学研究科の教員がそれぞれの関心や出来事について広く語りかけます。

 ナノテクノロジーと環境

顔写真
都市環境学専攻 物質環境構造学講座
ジンチェンコ アナトーリ 講師
素材や新現象の発見は人類の進歩に不可欠であり、昔から情熱と大きな希望を持って受け入れられています。その反面、新発見が実用化される初期の段階では特に、新しい物の持つ潜在的リスクへの無知が重大な結果を招くことがあり、有益になりうる発見が人類に不利に働く可能性があります。
写真
写真1.1930年代にドイツで販売されていた
ラジウム入りチョコバー
http://www.dissident-media.org/infonucleaire/radieux.html
えば、1896年の放射能の発見とその後の放射性元素の発見は、その重要性に疑う余地はないものの、放射性物質の不適切な使用のせいで幾多の災難をもたらしました。今ではとんでもないことのように思われますが、母親が濃縮ラジウムを含んだ布で赤ん坊をくるんで温めたり、若い女性が放射性ラジウム入り化粧品をシワ予防に使用したり、チョコバーにラジウムを添加すらしていた時代があったのです(写真1)。20世紀のかなり後半まで、多くの医者がラジウムをまったく安全な物質と信じ、その間、この「魔法の」新物質を人が罹る既知の様々な病気の特効薬として使用していました。今日では放射能の持つ弊害が広く知られていますが、発端でのこのような放射性物質の軽率な利用は、公衆衛生と環境衛生にきわめてひどい負の影響を及ぼしました。
写真
写真2. 2.5, 24, 72時間後細胞内へ侵入した
10nmナノ粒子(赤)の顕微鏡写真
は言え、放射能についての全貌を把握したことで「ハッピーエンド」になったわけではありません。他の多くの新発見が毎年のようにあり、次々と新たなリスク問題が発生しているからです。ナノテクノロジーが急速に発展したおかげで、分子よりはほんの少し大きいけれど既知の従来物質より遥かに小さな、基本的に新しい物質が利用可能になりました。そして再び100年前と同じように、「焼きたてほやほやの」ほとんど未知の物質が、あらゆるところであらゆる方法で使われています。周りを見渡すと、白金粒子入りのミネラルウォーター、カーボンナノチューブを充填した車のタイヤ、コロイド粒子をベースにした化粧クリームなど、1000種類以上のナノテク製品が既に市場に出回っています。もちろんナノマテリアルや関連製品がすべて等しく危険というわけではありません。それでも、ナノ物質は既知の化学物質とは全く異なる特性を持ち、人体の細胞膜を透過すること(写真2)や体中を高速移動すること、臓器に蓄積されることなどの明確な報告が多数なされています。ナノ物質は環境中の移動性が非常に高く、食物連鎖に入り込む可能性があるという報告もありました。このようなことから、ナノ物質は、特に健康と環境への潜在的リスクを中心に適切な評価した上で、量産と販売を許すということがきわめて重要になります。
々の研究室では、ナノメートルサイズ物質の基礎研究とともに、ある種のナノ物質に付随する潜在的リスク問題についての研究を行っています。並行して新ナノ物質についての調査を実施し、その環境リスク評価をすることは、新製品の安全な化学研究や開発、将来の生産にとって好ましい事例になるのではないかと考えています。
(ジンチェンコ アナトーリ)
 本教員のページ