環境学研究科
Graduate School of Environmental Studies

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  環境学と私
このコーナーでは、環境学研究科の教員がそれぞれの関心や出来事について広く語りかけます。

 未来を見据えた「古」気候学の展開

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地球環境科学専攻 地球環境変動論講座
中塚 武 教授
(古気候学・生物地球化学)
過去3世紀の屋久杉年輪の酸素同位体比が語る水循環の変動
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故知新(ふるきをたずねてあたらしきをしる)。地球温暖化などに伴って、世界の降水分布は、今後、どのように変わるでしょうか。また、その変化に地域社会はどのように対応できるでしょうか。そうした近未来からの問いに、過去の気候の復元とその人間社会との関係の解析から挑む、古気候学という研究分野があります。
気候学は、樹木やサンゴ、鍾乳石や氷コア、海底・湖底堆積物などに含まれる莫大な情報を丁寧に解析して、過去の様々な時代の気候変動を詳細に復元していく学問です。中でも樹木の年輪幅は、世界で最もよく扱われる対象の1つですが、樹木の成長に適した温暖湿潤なアジアモンスーン地域では、年輪幅が気候変動の影響を受けにくいため、日本では年輪による古気候復元は難しいと言われてきました。近年、年輪のセルロースに含まれる酸素の同位体比が、過去の水循環の変動を正確に記録していることが明らかになり、現在、日本及びアジア各地の樹木年輪の酸素同位体比を測定して、様々な時代の気候変動を高時空間分解能で復元する仕事を進めています。
故、過去の気候変動を復元すると、未来が見えてくるのか。それには、2つの意味があります。第一に、未来の降水量の分布などを予測するのは、スーパーコンピュータを駆使した気候モデリングの仕事ですが、その気候モデルの予測能力を検証するには、温室効果ガスや太陽活動、植生・氷床などの条件が大きく変化した、過去の時代の気候を再現するという「練習問題」をモデルに解かせることが有効です。古気候学は、その「答え」を用意できる唯一の学問です。第二に、大きな気候変動は過去にも繰り返し生じ、飢饉や戦乱などの多大な影響を人間社会に与えて来ました。年輪同位体比などによる新しい詳細な古気候の情報を、様々な時代の人間社会の変動の知見と組み合わせることで、気候変動に対する人間社会の対応可能性を、より定量的に解析することが可能になると思われます。
境学は、文理双方のさまざまな知見を組み合わせることで成り立つ、多分野融合型の学問です。その中で、古気候学も、気候学・海洋学・生態学・雪氷学・地球化学・地質学などの理系の学問はもとより、歴史学・考古学・社会学などの文系の学問と結びつくことで、環境と人間の相互作用の解明に向けて、今後より大きく発展していく可能性を秘めています。未来を見つめる「新しい古気候学」に、是非、注目して下さい。
(なかつか たけし)
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